P・K・ディック、サンリオSF文庫コレクション

サンリオSF文庫の歴史は、日本でのフィリップ・K・ディック受容の歴史でもある。なぜなら、サンリオSF文庫は、ディックの『時は乱れて』の紹介に始まり、同じくディックの『アルベマス』の紹介を持って終刊したからである。
基本的に私は、サンリオSF文庫の刊行物の選定は、時代より先に行き過ぎていたと考える。『時は乱れて』とともにサンリオが刊行したもののなかに、ウィリアム・S・バロウズの『ノヴァ急報』が含まれていたことだけでも、そう判断できる。

3−A、フィリップ・K・ディック著『時は乱れて』山田和子

訳者あとがき、収録。
レイグル・ガムは、新聞の懸賞クイズに毎日勝ち続けている男。だが、彼は自分がなじみのない他人に思えることがある。町を出ようとした彼は、なぜか警察に追われるようになる。

3−B、フィリップ・K・ディック著『死の迷宮』飯田隆昭

訳者あとがき、収録。
14人の男女が植民地惑星デルマクーOに到着したが、通信器が故障する。彼らを監視する人工昆虫が放たれ、そのうちに彼らの一人が殺害される。相互不信の出口なしの世界の中で、次々と犠牲者が増えてゆく。

3−C、フィリップ・K・ディック著『暗闇のスキャナー』飯田隆昭

作者のノート、収録。
脳を破壊する麻薬「物質D」の供給源をさぐるべく当局によって潜入させられた捜査員フレッド。彼はさまざまな人間の断片の組み合わせに変わるため、おぼろげな姿に見えるスクランブルスーツを着て、売人アークターに監視装置(スキャナー)を仕掛ける。売人たちも当局の追及から逃れるために逆捜査を行い、捜査官をヤク漬けにしようとする。だが、フレッドの正体は、意外にも……。

3−D、フィリップ・K・ディック『流れよ我が涙、と警官は言った』友枝康子訳

現実認識へのラディカルな問題提起と人間存在への深い共感(森下一仁)収録。
歌手志望のマリリンに、ゼラチン状のカリスト海綿動物を投げつけられ、歌手ジェイスン・タヴァナーの胸に50本の触手が食い込む。スコッチを浴びせて殺したが、何本かが体内に残ってしまった。こうして失神した彼が目覚めたとき、世界は一変し、自分がどこにもデータのない男になっていることに気づく。ロサンゼルス警察は、彼を危険人物と判断し、二十四時間の監視が始まる。

3−E、フィリップ・K・ディック著『ヴァリス』大瀧啓裕訳

Adversaria(大瀧啓裕)収録。
ヴァリスとはVast Active Living Intelligence System(巨大にして能動的な生ける情報システム)のことである。薬物中毒者のグロリアを救済できなかったホースラヴァー・ファットは、カバラグノーシス、ヘルメス学、ドゴン族の神話、スピノザの哲学などを綜合し、人間の不幸は、人間の外部にヴァリスがあり、これと一体化することで本来のあり方に到達できると考える。究極の思弁小説。
なお、『ヴァリス』『聖なる侵入』『ティモシー・アーチャーの転生』の表紙は、藤野一友の絵画である。藤野は、超現実主義的な幻想絵画の書き手であり、また『裏窓』『風俗奇譚』で活躍した中川彩子と同一人物である。

天使の緊縛―藤野一友=中川彩子作品集

天使の緊縛―藤野一友=中川彩子作品集

3−F、フィリップ・K・ディック著『聖なる侵入』大瀧啓裕訳

新アロゲネス(大瀧啓裕)収録。
カトリック教会と共産党が二極支配をしている邪悪な地球に、今、神の子が侵入しようとしていた。アシャーの妻リンダの胎内に、地球から追放されたヤーウェの子が宿ったのだ。だが、聖なるものの侵入は、地上で二極支配を行っている権力システムを崩壊させてしまう。こうして、カトリック教会と共産党が、地球の瀬戸際で、神を抹殺しようとする。悪魔のレッテルを貼られた神と、神の位置を手に入れた悪魔の壮絶なメタフィジカルな闘争が始まる。VALIS神学を、SFの形で展開する傑作。

3−G、フィリップ・K・ディックロジャー・ゼラズニイ著『怒りの神』仁賀克雄訳

リディマー、リディマー(野口幸男)収録。
マイクロ化されたデータのカプセルの中に、愛国的思考形態を記録しておけば、国家は不滅であると為政者は語り、無差別爆弾「怒りの神」を爆発させ、地球は死に絶えた。この第三次世界大戦の背後にある神ルフトオイフェルを求めて、手足を失った生存者ティボール・マクマスターズが二輪車を牛に引かせて疾走する。

3−H、フィリップ・K・ディック著『銀河の壺直し』汀一弘

ある解体者の残像(巽孝之)収録。
数世紀前、シリウス5の海中に没し、修理されるべき多数の壺を抱えたまま眠っている古聖堂を引き上げるべく超生物グリマングに依頼された壺類修理屋(ポット・ヒーラー)のジュー・ファーンライト。物語は、ディックSF自体を扱うメタSFともとれる。

3−I、フィリップ・K・ディック著、ジョン・ブラナー編『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディックI』浅倉久志・他訳

収録作品、フィリップ・K・ディックの現実(ジョン・ブラナー)、彼処にウーブ横たわりて、ルーグ、変種第二号、報酬、贋者、植民地、消耗員、パーキイ・パットの日、薄明の朝食、フォスター,おまえ,死んでるところだぞ

3−J、フィリップ・K・ディック著、ジョン・ブラナー編『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディックII』浅倉久志・他訳

解説(浅倉久志)収録。
収録作品、おとうさんみたいなもの、アフター・サーヴィス、自動工場、人間らしさ、ベニー・セモリがいなかったら、おお!ブローベルとなりて、父祖の信仰、電気蟻、時間飛行士へのささやかな贈物、著者による追想

3−K、フィリップ・K・ディック著『最後から二番目の真実』山崎義大訳

現実と虚構の逆転(川本三郎)収録。
2025年、大多数の人々は地下壕で暮らし、ロボット戦士の製造という過酷な仕事に従事していた。地上では西部民主圏と太平洋人民圏に分かれて、核戦争が繰り広げられているはずだった。しかし、実際はすでに核戦争は終結しており、少数のエリートがニセのニュース映像を流して、人々を管理していたのだった。

3−L、フィリップ・K・ディック著『ティモシー・アーチャーの転生』大瀧啓裕訳

Terminal Essay(大瀧啓裕)収録。
死海のふもとで発見された紀元前のサドク派文書に、共観福音書の基になっているQ資料のさらなる根源UQが含まれていると知り、自身のアイデンティティを問い直し、謎の死を遂げたティモシー・アーチャー主教。エンジェル・アーチャーは、ジョン・レノンが殺された日、ベイ・エリアを歩きながら、ビートルズ・マニアの夫ジェフ、そして義父のティモシー・アーチャーについて考える。普通小説の形で、VALISの問題が再度捉え直される。

3−M、フィリップ・K・ディック著、マーク・ハースト編『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディックIII』浅倉久志・他訳

ディック短編集『ゴールデン・マン』上巻。
はじめに(マーク・ハースト)、まえがき(フィリップ・K・ディック)、ゴールデン・マン、リターン・マッチ、妖精の王、ヤンシーにならえ、ふとした表紙に、小さな黒い箱、融通のきかない機械、作品メモ(フィリップ・K・ディック)、現代文学としてのディック(日野啓三

3−N、フィリップ・K・ディック著、マーク・ハースト編『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディックIV』浅倉久志・他訳

ディック短編集『ゴールデン・マン』下巻。
収録作品、フヌールとの戦い、マスターの最期、干渉する者、運のないゲーム、CM地獄、たいせつな人造物、小さな町、まだ人間じゃない、作品メモ(フィリップ・K・ディック)、あとがき(フィリップ・K・ディック

3−O、フィリップ・K・ディック著『テレポートされざる者』鈴木聡訳

負債としての旅(鈴木聡)収録。
フォーマルハウト系第9惑星「鯨の口」の新植民地には、テレポーテイション・システムを使って、15分で移住できる。しかし、このシステムのおかげで、自分の星間輸送会社が倒産に追い込まれたラクマエル・ベン・アップルボームは、輸送船で18年かかって「鯨の口」に到達し、テレポーテイション・システムに隠された秘密を暴こうとする。

3−Pフィリップ・K・ディック著『あなたを合成します』阿部重夫

寧ろ彼らが私のけふの日を歌ふ(阿部重夫)収録。
電子オルガンのセールスがうまくいかないルイス・ローゼンは、仲間のモーリイ・ロックとともに、南北戦争時代のシミュラクラ(擬人体)を作って、売ろうとするが……事態は思わぬ展開に発展してゆく。

3−Q、フィリップ・K・ディック著『シミュラクラ』汀一弘

シミュラクラの中で(畑中桂樹)収録。
共産主義体制とUSEAの二極に分裂した21世紀の社会。USEAでは特権階級Geと平民Beに分かれ、実権をニコル・チポドウが掌握していた。この女性は、精神分析医を抹殺するマクファーソン法を施行し、時間移動機を使い、ゲシュタポの創設者ヘルマン・ゲーリングを現代に召還しようとする。

3−R、フィリップ・K・ディック著『虚空の眼』大瀧啓裕訳

フィリップ・K・ディック〜まったく新しい未解決の問題(ブライアン・オールディズ)収録。
カルフォルニアのベヴァトロンの陽子ビーム偏向装置の見学に訪れた8人の男女。だが、装置はトラブルで、60億ボルトのビームが放射された。奇跡的に助かった見学者が目覚めたとき、そこはバーブ教の支配する異常な世界だった。

3−S、フィリップ・K・ディック著『アルファ衛星の氏族たち』友枝康子訳

ディック・ワールドの基本構造(池澤夏樹)収録。
アルファIIIM2では、宇宙での植民地化により精神的にダメージを受けた人間が住んでいる。ここでは7つの氏族に分かれながら、共存している。精神科医メアリーは、チャックと離婚し、アルファIIIM2に向かおうとしていた。そこで見た光景とは何か。

3−T、フィリップ・K・ディック著『ブラッドマネー博士』阿部重夫+阿部啓子訳

テンリュウ恋しや、ほうやれほ(山本一生)収録。
プラッドマネー博士の狂気によって、廃墟と化した都会は、異形の突然変異体が跋扈していた。そして、さらに新たな邪神が出現しようとしていた。

3−U、フィリップ・K・ディック著『アルベマス』大瀧啓裕訳

ニコラス・ブレイディの転生(大瀧啓裕)収録。
死後発見されたもうひとつのヴァリス。悪辣な暗殺や謀略によって、大統領にまで登りつめたフェリス・F・フレマント。いま、ベイ・エリアのレコード・ショップに務めるフィル・ディックの友人ニコラス・ブレイディに、VALISからフェリス・F・フレマントの権力による鉄の檻を打ち壊すべく啓示が与えられる。
サンリオSF文庫、最後の刊行物でもある。