『虚無への供物』〜「新形式の殺人」の連鎖は続く

[以下は、ミクシィに発表したブックレビューからの転載です。]
中井英夫は、この本の冒頭で「新形式の殺人」ということを書いている。「新形式の殺人」として例に挙げているのは、二重橋圧死事件、第五福竜丸死の灰事件、黄変米事件、洞爺丸転覆事件である。これらの「新形式の殺人」は、人間が引き起こしたあってはならない悲惨な事件である。
中井の著書『黒鳥の旅もしくは幻想庭園』を読むと、中井が第二次世界大戦に参戦した日本人の心性に絶望し、厭わしく思っていたことが沸々とわかる。中井は「新形式の殺人」を引き起こした人々や、根底にいたるまで考えようとせず、このような深刻なニュースすら、面白可笑しく消費するだけの現代人に対して苦々しく考えていたに違いない。戦後になったというのに、なにひとつ変わっていないではないか、と。
これらの事件に、社会派ミステリーならば社会的正義の立場から義憤を申し立てるのであろうが、中井は違った。「新形式の殺人」によって傷ついた人々が創り出すもうひとつの異界を描いてみせたのである。これは、人はなぜイマジネールな別世界をつくらざるを得ないかという苦渋を語った本なのである。
こうして『虚無への供物』は、単なるミステリーを超えて、アンチ・ミステリーとなり、現実世界の不条理に拮抗する幻想文学の作品となったのである。本格ミステリーファンだけでなく、現代日本文学の読み手にも薦めたい一冊である。
※以前、予告した京大アヴァンギャルディズム研究会の件ですが、諸般の事情で遅れていますが、計画を放棄したわけではありません。(PCの故障、バタイユの「無神学大全」の読み直しやらで、延びておりますが、近日中に再開します。)