『カーニバル・デイ』、あるいはテロリズムに抗するために
[以下は、ミクシィに投稿した『カーニバル・デイ』のレビューです。]
「1200個の密室で、1200人が殺害される」という『コズミック 世紀末探偵神話』で第2回メフィスト賞を受賞してデビューした清涼院流水は、探偵小説愛好家に賛否両論で迎えられた。清涼院の書く「流水大説」は、ミステリの脱格化=脱コード化を極端に推し進めたもので、ミステリの破壊行為と見る向きすらあったのである。

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『コズミック』『ジョーカー』は、JDC(日本探偵倶楽部)シリーズ第一幕であった。清涼院は、この後別シリーズに着手するが、やがてJDCシリーズの第二幕を開始する。それは『カーニバル・イヴ』『カーニバル』『カーニバル・デイ』の三部作である。(これらは後に講談社文庫に収録され、5分冊で刊行されている。)ここにおいて、清涼院は量と質の同時革命を実行する。

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カーニバル連作で、清涼院は遂に人類絶滅を扱う。「犯罪オリンピック」の噂がインターネットを駆け巡り、遂に謎の犯人ビリオン・キラーが徘徊を開始し、連日400万人以上が死亡する犯罪ビックバンが起きるのである。
一体、これは何を意味するか。これは悪ふざけ以外の何者でもないではないか。かつてポストモダニズムが展開した「構築なき脱構築」のミステリ版であり、このような形でミステリを消費することは、ミステリというジャンルの死に繋がるのではないか、と笠井潔のような論者は考えるであろう。
では、この物語で語られている悪の秘密結社RISEによる「見えない戦争(インヴィジブル・ウォー)」とはなにか。しかも、このRISEは、自分たちの展開する全世界に及ぶテロリズムについて、正義の実行のためであると確信しているのである。
「見えない戦争」ということばは、W・S・バロウズの『爆発した切符』(見えない世代ということばが見られる)や、ポール・ヴィリリオが描き出す今日の時政学空間における戦争を想起させる。そして、なによりも2001年9月11日以降顕在化した同時多発テロの戦慄を(本書の刊行は1999年)。
そして、清涼院は人類の絶滅をもたらすほどの殺戮すら、正義として実行してしまう観念の倒錯を暴露するのである。これは、『テロルの現象学』でマルクス主義について笠井潔が展開したテロリズム批判を、さらに推し進めた思想ではなかろうか。
さらに、清涼院は、RISEのテロリスト構成要因ドットの分析に及ぶ。ドットはRISEや総統への裏切りをして、心拍数が変化をすると、頭の中に埋め込まれた爆弾が炸裂するようになっている。清涼院は、ドットの監視者は、ドット自身であるとしている。
自己を監視する自己、これはアルチュセールのイデオロギー論を想起させる。アルチュセールは、まず大文字のS(総統のことだ)が小文字のs(ドットのことだ)に呼びかけ、次に小文字のs同士で相互に呼びかけ、最終的に小文字のsは自分自身に呼びかける。これは内心の声であり、自己を監視する自己である。これは、人間を殺さず、安価に飼育するために、国家装置が植えつけた監視システムである。
カーニバル・シリーズは、単なる冗談小説であるとか、悪ふざけである、というのは、間違っている。これは、人間と権力の関係を暴いた先鋭的なアヴァンギャルド文学なのだ。権力の所在を局在化し見るのではなく、清涼院は世界の隅々まで、そして個人の内面の奥深くまで権力が浸透していると考える。しかも、彼はそこからの脱出口を見出すのは、容易ではないと考えているようだ。
清涼院を読みなおそう。そして、探偵小説というジャンルのなかで捉えるのではなく、単に文学として読むのである。

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あるいはまた、テロリズムを無化するヒントも見つかるかも知れないではないか。
なお、JDCシリーズは、その後エピソード1として『彩紋家事件』が刊行されている。これは、奇術の知識を総動員して、解けない謎を解くというものである。清涼院の作品は、無理解なミステリ評論家によって、不当に無視されているが、これまたミステリの謎を刷新する革命的傑作である。