ケイト・ブッシュ『エアリアル』
ケイト・ブッシュの12年ぶりの新作は『エアリアル』。初の2枚組である。
- アーティスト: ケイト・ブッシュ
- 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
- 発売日: 2005/11/02
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前作の『レッド・シューズ』の後、彼女は息子バーティを出産し、育児に専念していたのである。
- アーティスト: ケイト・ブッシュ
- 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
- 発売日: 2005/11/02
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Honeyという言葉から、私は「蜜の流れる博士(Doctor mellifluus)」こと聖ベルナルドを想起する。
私の考えでは、DISK1は小宇宙(ミクロコスモス)に、DISK2は大宇宙(マクロコスモス)に対応している。ちょうどゲーテの『ファウスト』第1部が小世間に、第2部が大世間に対応しているのと同じだ。
聖ベルナルドだの、小宇宙と大宇宙だのと、なんと事大主義的な、と思われるかも知れないが、ケイト・ブッシュの音楽に、単なるポップ・ミュージックに収まりつかない過剰なものがあることは間違いない。例えば彼女の『ドリーミング』を聴けば、この作品が音楽を通じて思考のリミットを表現したものであることが、直ちに了解できるであろう。バタイユやアルトーが、文学や思想を通じて、思考のリミットを記録し、リミットを超え狂気に接近したように、彼女も思考の深淵をみせつけるアーティストなのである。
- アーティスト: ケイト・ブッシュ
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こうして、DISK2(A Sea of Honey)に突入する。「プレリュード」は導入の歌であり、息子バーティが、鳥の囀る大自然の世界に導く。「プロローグ」は、ローマの温かな太陽の世界が描かれる。ここで描かれる世界は、幸福感に満ちており、汎神論的である。「建築家の夢」は、なんども塗りなおしをしてゆく画家の姿が描かれる。その画家は、建築家のようだと言う。建築家はまずイデーがあり、それからイデーを具現化してゆく。画家もまた、自身のイデーに沿って、創造を改める。「ペインターズ・リンク」において、その画家が描いた絵が「サンセット」に変容してゆき、「サンセット」で「蜂蜜の海」と「蜂蜜の空」が描かれる。音楽と一体化したこれらの言葉は、生命の充溢した幸福感に満ちたプラトー(高原)状態であり、持続する至高体験でもある。「エアリアル・タル」はインストゥルメンタルであり、「サムウェア・イン・ビトウィーン」の世界に自然に流れ込む。「サムウェア・イン・ビトウィーン」では、寄せたり引いたりする波のリズムや、眠りや目覚めのリズムが描かれ、この中で呼吸し、自由に遊びまわる生命が歌われる。波や太陽による周期的なリズムは、円環的時間概念を示している。宗教儀礼などで見られる象徴レベルでの死は、新生のためのものである。時間を円環的に捉えることで、宇宙のリズムと一体化し、我々は幾度と甦ることができる。「ノクターン」は、夏の夜の海の風景を描いているが、歌詞のなかに実際の世界かも知れないし、夢のなかかも知れないとあるように、もはやどこにもない場所にある海である。その夜の海に深く、さらに深く潜ってゆく。最後の歌「エアリアル」は、夜明けの歌である。この夜明けは、自然界の夜明けであると同時に、宇宙と一体化した生命の新たな新生をも意味している。
このように『エアリアル』は、宇宙のリズムと一体化した汎神論的恍惚の世界を描き出している。12年のプランクを経ても、人間の魂に鋭く迫るケイトのスタイルは変わらないが、その精神はより成熟を遂げた。これまでの作品には、グノーシス主義的な反宇宙的善悪二元論の傾向があったが、『エアリアル』は宇宙のリズムと一体化する方向に向かっている。このマクロコスモスとの一致の鍵は、息子バーティによってもたらされたものであると考えられる。
聖ベルナルドは、「高い峰は甘露をたらし、丘は歌と蜜をほとばらせ、川のほとりは五穀が実る」と書いている。このような幸福感に満ちた時間の持続が、この作品に存在する。