小森健太朗著『魔夢十夜 Ten Days Nightmare』について

魔夢十夜 (ミステリー・リーグ)

魔夢十夜 (ミステリー・リーグ)

 不吉な死の連続……不運のシンクロニシティはあるのだろうか……そこで、なにが起きているのか知ろうとして、不幸の実体に迫れば迫るほど、心臓が高鳴り、やがて自身の身にも悪意の罠が仕掛けられる。
 小森健太朗著『魔夢十夜』は、ホラーとして読める。ミッション系スクールであった高校が、売却譲渡され、実業団が運営するようになり、かつての礼拝堂であった建物が、今は<廃教会>となっている、そんな状況下で事件は起きる。そこは、複数の見えない虚無と悪意が進行しつつあり、それらが共鳴し、恐怖の倍音を奏でるだろう。この物語は、読み始めると眼が冴え渡り、すべての謎が解明されるまでは眠れなくなるタイプの本である。(私は、戦慄と恐怖の感覚を喪ったミステリは、ミステリの名に値しないと考えている。)
 これは本格ミステリであり、最初から最後まで、高難度の謎解きが要求される。暗号解読・密室殺人・動機の謎など複数の謎が連続しており、しかもそれらのトリックはハイレベルである。例えば、暗号解読にしても、過去のミステリの成果(基本問題の模範解答)が示され、その上で謎が示される。つまり、基本問題の模範解答を示しても、この謎は簡単には解けないということなのだ。このような高難度のミステリに出会えることは、なんと素敵なことだろうと思う。
 この恐怖物語は、理性によってすべてクリアに解明できるようにできているのである。
 <廃教会>という装置を作者が用意したのは、次のような狙いがあったのだろうと推測する。
 キリスト教道徳の持つ矛盾や歪みが、主を喪ったがために、ほころびによって露呈している、そのことを象徴化したものではないかということである。このことは、キリスト教道徳からすると、背徳的なさかしまの世界が、物語の進行と共に露呈してくることでも裏付けられるのではないかと思う。
ネヌウェンラーの密室(セルダブ) (講談社文庫)

ネヌウェンラーの密室(セルダブ) (講談社文庫)

 この作品は、『ネヌウェンラーの密室』の続編としても読める。(ただし、『魔夢十夜』はそれ自身で完結した作品なので、『ネヌウェンラーの密室』を未読の方でも、読むのに支障はない。)
 ちょうどゲーテの『ファウスト』に出てくる悪魔メフィストフェレスが、部屋のペンタグラムの不備を利用して、尨犬に化けて侵入したように、異教の邪神イェズ・ツェッツもまた、<廃教会>に隠された秘密を利用して、学園で不吉な通底低音を奏ではじめる。だが、本当の悪魔は別のところにいる。邪神は人間の持つ卑劣な冷酷さという傾向性を倍加させるに過ぎない。そして、人間の持つ悪は、他ならぬ理性によって鎮められるのである。