『探偵小説の論理学』


本書の議論の前提となるのは(1)柄谷行人による「ゲーデル的問題」にインスパイアされた法月綸太郎による「後期クイーン的問題」の指摘、(2)これまで清涼院以降のミステリを脱格系として批判してきた笠井潔が『探偵小説と記号的人物』で行った21世紀に対応したキャラクター小説としての見直し再評価、である。
 これらの前提に対して、小森健太朗が行ったことは(1)「ゲーデル的問題」の元となっているラッセルとホワイトヘッドの『プリンキア・マテマティカ』まで遡行して、柄谷の議論がラッセルのパラドックスエピメニデスのパラドックスを混同するなどの杜撰な点があったことを指摘し、より精度の高い論理学の立場から、探偵小説の存立条件を検証することであった。手順として小森は、叙述の真実面の保証、探偵存在の保証、犯人の行動の合理性の保証の観点から、探偵小説の存立条件を浮き彫りにする作品(クリスティの『アクロイド殺し』〜『シャム双生児の謎』以降のクイーンの作品群)を論じてゆく。
 さらには、論理学で扱う論理よりも広い概念であるロゴス・コードを措定し、ロゴス・コードの時代的変遷という観点を導入し、西尾維新らの小説を評価してゆくのである。
 このようにして、小森は笠井・法月によるミステリ批評の水準を、さらに高みに押し上げてゆく。分析的理性によって鋭利に読み解いてゆく手つきは実にスリリングで、それ自体が探偵による論理的推理を思わせる。
 今後の課題があるとすれば、ラッセル論理学の彼方に、小森が評価しているウスペンスキーの『ターシャム・オルガヌム』をどう位置づけ、整合性を持たせるか、である。そのためには、ラッセル論理学では論理化できない聖なるものの探求が必要になると思われる。