アレクセイの花園 http://8010.teacup.com/aleksey/bbs に「笠井潔よ、あなたのポジションはどこにあるのか」を投稿。
『ミステリーズ』(東京創元社)の書評で、笠井潔が法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』(角川書店)を取り上げている。
![生首に聞いてみろ 生首に聞いてみろ](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51NPT6Q4GDL._SL160_.jpg)
- 作者: 法月綸太郎
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2004/09
- メディア: 単行本
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「後期クイーン的問題」について、簡単に触れておこう。初期のエラリー・クイーンの作品においては、犯罪の謎が示される出題編があり、推理に必要なデータが揃った段階で、「読者への挑戦状」が入り、その後、探偵による謎ときが行われる解答編となる。出題編はオブジェクト・レベルであり、解答編はメタ・レベルであり、その両者は明確に線引きが行われている。しかし、後期の作品になると、探偵という観察者による干渉により、観察対象である事件に影響が現われ、予測不能の事態が起きる。犯人は探偵の推理を推理し、事件Aが事件Bを引き起こし、さらに事件Cに波及し、複雑化の一途を辿る。こうして、探偵は決定不能性の事態に陥る。
ところで、この「後期クイーン的問題」は、柄谷行人が『隠喩としての建築』等で取り上げていた「ゲーデル的問題」に呼応している。
![定本 柄谷行人集〈2〉隠喩としての建築 定本 柄谷行人集〈2〉隠喩としての建築](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/410GSYGG86L._SL160_.jpg)
- 作者: 柄谷行人
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2004/01/28
- メディア: 単行本
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しかし、笠井潔は、法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』は、この「後期クイーン的問題」を棚上げして書かれたのではなく、東浩紀のいう「郵便的脱構築」にシフトすることで書かれたのであるという。
東浩紀の『存在論的、郵便的』(新潮社)によると、ジャック・デリダの哲学は、「存在論的脱構築」を行っていた前期と、「郵便的脱構築」を行った後期に分けることが出来る。前者の時期は、「否定神学的」と否定される。後者の時期は、メッセージが相手に正確に届くという信憑なしに、積極的に配信されるべきというものである。
![存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて 存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/31FGVSAGS0L._SL160_.jpg)
- 作者: 東浩紀
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1998/10/01
- メディア: 単行本
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さて、笠井潔によってなされたこの判断の正否はともかく、この論理展開を読みながら、私が思ったのは「笠井潔よ、あなたの立ち位置はどこにあるのか」ということです。
私見によると、笠井潔は「現象学・実存主義パラダイム」に立つ人間であり、それゆえフッサールを重視し、木田元や竹田青嗣とも接点がある。笠井の重視するシモーヌ・ヴェイユ、ジョルジュ・バタイユ、エマニュエル・レヴィナスも、「現象学・実存主義パラダイム」に属する。
笠井潔は、浅田彰・中沢新一・蓮見重彦に対して、終始批判的であり、これもまた「現象学・実存主義パラダイム」に立つ人間の「ポスト構造主義パラダイム」への不信と捉えれば、それがいい悪いかは別として、自然な態度だと思う。では、東浩紀の「郵便的脱構築」を評価するのはなぜなのか。(笠井潔は、法月との対談の載っている東のメール・マガジン「波状言論」も読んだと書いている。)東浩紀もまた「ポスト構造主義パラダイム」の人である。笠井潔は、「ポスト構造主義パラダイム」と対立しているのではなかったか。
『テロルの現象学』は、現象学の立場からマルクス主義を撃つというものだが、マルクス主義の観念を内部から浄化する集合観念について、笠井は当時から、デリダが形而上学に対してやったことを、自分はマルクスにやったとし、集合観念は自分にとって脱構築だといっている。これは、かなり強引な説明で、デリダはマルクスやアルチュセールの深い影響下にあり、笠井の反マルクス主義と抵触する。笠井が、ここで自分の仕事を脱構築になぞったのは、当時は肯定していた柄谷によるところが大きいと思われる。
今日では、笠井潔は柄谷行人に対して否定的である。
東浩紀は、『批評空間』出身であるが、その後、柄谷・浅田グループとの間に見解の相違が顕在化して来ている。もしかして、笠井潔は、思想の人というのは私の思い込みで、人の好き嫌いや損得勘定で思想をころころ変える人なのかも知れない。