2005-06-01から1ヶ月間の記事一覧

アルファヴィル

1984年、探偵レミー・コーション(エディ・コンスタンチーヌ)は、惑星都市アルファヴィル(α都市)に到着する。 アルファヴィルは、全体主義社会であり、巨大コンピュータ<アルファ60>が人々を支配し、詩人や芸術家は死刑の対象となっていた。ここ…

東風

1966年に無政府主義者や毛沢東主義者(マオイスト)の学生を題材にした『中国女』を撮影したジャン=リュック・ゴダールは、1968年のパリ五月革命期に入ると、独裁的な監督であることを自己批判し、ジガ・ヴェルトフ集団の一員として映画制作を行う…

ドグラ・マグラ

『ドグラ・マグラ』は読み終えた時点で、どこかで聴いたような唸る音を聴く。 ……ブウウ……ンンン………ンンン……。 これは、時計の音なのか、それとも幻聴なのか。ああ、頭が痛い。これは私の理性が軋む音ではあるまいか。ページをめくる。やはり、そうなのだ。『…

トランプ殺人事件

『トランプ殺人事件』は、『囲碁殺人事件』、『将棋殺人事件』に続く「ゲーム殺人事件」三部作の掉尾を飾る作品である。 1992年に発行された『[定本]ゲーム殺人事件』では、短編「チェス殺人事件」が書かれているが、これはファン・サービスと解すべきで…

トランプ殺人事件/ドグラ・マグラ/東風/アルファヴィル

[以下は、ミクシィに書いたレビューです。ドグラ・マグラは、以前書いた原稿の改稿。]

覚え書きII

[以下は、はてな出張所オリジナル原稿です。] ◆アルベール・カミュは、[カミュの手帖]と呼ばれる創作ノートを残していた。日本においては、当初、三分冊の予定で、まず二冊『太陽の讃歌』『反抗の論理』というタイトルで、高畠正明訳で新潮社から刊行され、…

覚え書き

[以下の覚え書きは、ミクシィに06月25日に投稿されました。原稿というよりは、そこに至るアイデアの発端が書かれています。] ◆ベルナール=アンリ・レヴィの『サルトルの世紀』の邦訳が出た。これは『存在と無』のサルトルを、反ヒューマニズムとして評価…

逸脱のすすめ

[以下の原稿を、アレクセイの花園 http://8010.teacup.com/aleksey/bbs に、6月25日(土)投稿しました。] ◆『逃走論』とは、浅田版<書を捨てよ町へ出よう>であり、<家出のすすめ>であった。「住む文明」から「逃げる文明」へという浅田のアジテーション…

『構造と力』を読む

[以下はミクシィに書いた『構造と力』のレビューですが、先般から約束していた京大アヴァンギャルディズム研究会の問題についても触れており、これで約束は果たせたと考えます。] 本書は、現代思想(現象学/実存主義〜構造主義〜記号論〜ポスト構造主義)…

『匣の中の失楽』について

[以下はミクシィに書いた『匣の中の失楽』のレビューです。] 小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、夢野久作の『ドグラ・マグラ』、中井英夫の『虚無への供物』と続いてきた精神史の「黒い水脈」(埴谷雄高)は、その後二つの流れに分かれる。ひとつが竹本健治…

地域通貨について

[以下はミクシィに発表した原稿である。表題を変えて、掲載する。] 愛・地球博で、現在、何を残そうかという議論がなされているそうである。「サツキとメイの家」に関しては、他の地方自治体から欲しいという要望も来ているそうである。ただ、「サツキとメ…

新訳 星の王子様

[以下は、ミクシィに投稿した原稿の再録です。] 倉橋由美子さんの最後の著作は『偏愛文学舘』(講談社)、翻訳ではアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著『新訳 星の王子様』(宝島社)となるようです。 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『小さな王子』に…

狂気の無限ループ

[以下は、ミクシィ内コミュニティ夢野久作に投稿した原稿の再録です。] 『ドグラ・マグラ』は読み終えた時点で、『ドグラ・マグラ』が始まるように出来ている。つまり、読者は『ドグラ・マグラ』という無限のループを、永遠に回転するしかないのである。 し…

ジェームス・アンソールについて

名古屋市美術館では、現在、エルミタージュ美術館展が開かれている。以下の案内に掲載されているのは、ヴァン・ダイクの「エリザベスとフィラデルフィア・ホートンの肖像」である。 また、7月26日から、愛知県美術館でゴッホ展が開かれる。ゴッホ展が開か…

追悼・倉橋由美子さんの文学について

[以下は、ミクシィに発表した原稿の再録です。] 倉橋由美子さんが亡くなった。 倉橋さんの小説を読み始めたのは、中学生の頃だった。初期の倉橋さんは、サルトル・カミュ・カフカの三位一体ということを言っていて、私はこの三人も読んでいたのだが(但しサ…

右と左の全体主義を同時に斬るということ

先日、ジャン・ポーランによる『O嬢の物語』の序文を、靖国神社の信仰の心性を解明するために、参考までに引っ張ってきたのだが、これは笠井潔が『テロルの現象学〜観念批判論序説』の「第五章 観念の逆説」で使用している批評の方法なのである。テロルの現…

ある論点

少し前の中日新聞の朝刊に載った記事ですが、靖国神社に取材をしたところ、靖国神社はA級戦犯分祀を拒否し、戦争犯罪ということ自体をも、全く認めず、一宗教法人の扱いを受けている現在に不満を持ち、国家は靖国神社に対し特別扱いの優遇措置をすべきであ…

靖國といふ悦楽

高橋哲哉の『靖国問題』(ちくま新書)は、2002年4月大阪地裁で行われた靖国神社への首相参拝の違憲確認・差し止めをめぐる裁判で、首相参拝支持派が提出した岩井益子の陳述書を引用する。岩井益子は、夫が靖国神社に合祀されており、「靖国神社を汚す…

靖國といふ悦楽、あるいは一億変態製造工場

[以下はアレクセイの花園に投稿した原稿です。]

フリードリヒ・ニーチェの孤独

『アンチ・クリスト』を書いたニーチェの周りは、キリスト教徒に囲まれていたわけで、それは日本でニーチェを論ずるのと、まったく違う意味合いがあるように思われる。 西尾幹ニ訳の『アンチ・クリスト〜キリスト教呪詛』(潮文庫)を紐解きながら、そんなこ…

何も反省していない

本日の中日新聞の朝刊に、靖国神社のA級戦犯分祀問題に関する見解が掲載されていました。 その要旨は、以下の通り。 ・A級戦犯分祀は、ありえない。 ・東京裁判の結果については、国際法上議論の分かれるところであり、靖国神社としては戦犯というものはな…

海老坂武の『サルトル』(岩波新書)の影響なのか、急にサルトルが読みたくなった。

[この原稿は、はてな出張所掲載後、ミクシィに再掲示されました。] 海老坂は、デリダのことを嫌いだと語る。サルトルを褒めちぎりながら、一筋縄で割り切れないことを言うからだという。海老坂の語っているのは、デリダの『パピエ・マシン』に収録された『…

死者の人権について考えるのって、ヘンですか?

先日、靖国神社問題について書いてみたのだが、どうもこの問題に関しては、冷静ではいられないところがある。それは、「死者の人権」ということだ。私には、物心ついたときから、靖国神社というものが、「死者の人権」を冒涜しているように思われたのだ。 だ…

結語

私には、靖国神社というものが、日本国憲法の持つ民主主義の理念となじまないものであると思えてならないのである。靖国神社は戦没者追悼の場ではなく、戦死者を美化し、戦争を鼓舞し、ファシズムの死の美学を完成させることを目的としていると思われるので…

A級戦犯合祀をめぐって

中国は、A級戦犯の合祀を問題視して、靖国神社への首相の公式参拝を批判している。これに対し、保守派の論客は、A級戦犯とB・C級戦犯の差異は、恣意的なもので、合理的な区分はなく、東京裁判で勝手につけた区別に過ぎないという。保守派は、東京裁判と…

大量殺戮の背景

しかし、アルチュセールの国家のイデオロギー装置論を用いても、まだ靖国神社の全容に届かない気がする。靖国神社は、帝国主義的・軍国主義的な生産諸関係−社会諸関係を再生産するという合理的な理由だけではなく、靖国神社の崇高性・至高性の秘密は、日本兵…

国家のイデオロギー装置論

では、靖国神社とは、国家にとっていかなる機能を果たしていたのだろうか。 ここで、靖国神社が、戦前・戦中の日本においていかなる政治的機能をはたしたのかを見えるようにするために、アルチュセールの国家のイデオロギー装置(AIE)論という観点を導入…

歴史的経緯

ここで靖国神社と他の神社の歴史的経緯の違いに着目してみよう。 靖国神社の前身にあたるものは、1869年(明治2年)に建立された東京招魂社である。靖国神社と改称したのは、明治12年のことである。 他の神社は、明治元年(1868年)の祭政一致の布…

法解釈その2

また、日本国憲法第89条は、(公の財産の支出・利用提供の制限)を規定しており、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はそ…

法解釈その1

靖国神社への日本国首相の公式参拝について、私なりの法解釈を展開してみよう。 日本国憲法第20条は、(信教の自由、政教分離)を規定しており、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を…