共観福音書とQ資料
フィリップ・K・ディックの『ティモシー・アーチャーの転生』は、普通小説の形式で、ヴァリスのテーマを扱おうとした作品です。
ヴァリス連作というのは、『ヴァリス』『聖なる侵入』『ティモシー・アーチャーの転生』、そして死後刊行された習作『アルベマス』を指します。
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『新約聖書』に収められているマルコ・マタイ・ルカ・ヨハネの四福音書のうち、内容的に重複している部分を持つマルコ・マタイ・ルカを<共観福音書>と呼びます。これら<共観福音書>には、基となった<Q資料>があったと聖書考古学は推定しています。
ところで、クムランで発見された死海文書は、紀元前2世紀から紀元後1世紀頃に書かれたとされるもので、その内容を読むと極端な清貧の思想、厳格な精神主義が見られます。死海文書を残したセクトを、発見場所からクムラン宗団と呼んでいます。
聖書考古学では、死海文書と<Q資料>の関係が議論されています。そのなかには、死海文書を残したクムラン宗団は、エッセネ派と深い繋がりがあり、このエッセネ派から、バプテスマのヨハネが登場し、さらにヨハネに洗礼を受けたイエスが、その精神主義的な慈愛の思想を深化させたという有力な説があります。死海文書は、<Q資料>そのものではないにしても、やがて原始キリスト教に発展する思想の萌芽を含んでいるというものです。
ディックが『ティモシー・アーチャーの転生』で登場させたサドク派文書は、死海文書よりさらに古いもので、キリスト紀元前の文書だというのに、<Q資料>の基になった<UQ>を含んでいるとされ、完全公開されればローマ・カトリックの存立基盤に影響を及ぼすという設定になっています。
ディックは、サドク派の末裔としてのエッセネ派の布教担当者としてイエスを描き、さらには精神を拡大させる<幻覚きのこ>の愛すべき売人であったのではないかとすら言っています。
『ティモシー・アーチャーの転生』が、問題作であることがおわかりいただけたでしょうか。