原意識的リアリティー

チベット密教ニンマ派の『チベット死者の書(バルド・トゥドル)』によると、死を迎えた人にまず眩いばかりの青い光と、鈍い青い光が射し込むという。
ほとんどの者は、余りの眩さに、鈍い光の方に引き寄せられるが、それは悪しき業(カルマ)のせいであり、輪廻の無限地獄への道である。
最も理想的なのは、輪廻転生の円環を脱することであり、次に理想的なのは輪廻転生から脱するすべを教えてくれる仏教を学べる境遇に生まれることである。そのためには、眩い青の光に向かってゆく必要があるというのである。
チベット死者の書』は、最初エヴァンツ・ヴェンツによって、西欧にもたらされたチベットの経典である。ニンマ派と最初に書いた理由は、ゲルク派にも『チベット死者の書』があるからである。ゲルク派のそれは生前学ぶタイプのものであり、ニンマ派のそれは、無論生前に学べば申し分はないが、死者に聴かせることで理想的な方向に誘導するものである。
エヴァンツ・ヴェンツは、神智学かぶれの西欧人であったから、最初西欧に紹介されたのは、神智学のタームというフィルターを通したかたちであった。
次に、カール=グスタフ・ユングが、深層心理学の観点から『チベット死者の書』を評価し、ナグ=ハマディ文書といったグノーシス文献とともに座右の書としたことで、東洋の古典としての価値を定着させた。
さらに、ティモシー・リアリーサイケデリック・カルチャーの人間が、アシッドによって得られる世界との共通点があることに気づき、ティモシー・リアリーは『チベット死者の書サイケデリック・ヴァージョン』を書くに至った。『チベット死者の書』は、人間の死後49日間について記述しているが、LSDによってもたらされた世界と似ているという発見は重要である。私は、薬物使用には反対の立場であるが、彼らの研究成果は無視されるべきではないと考える。つまり、チベット人は、ノンドラッグで、ヨーガのテクニックだけを用い、人間の意識を解体し、すべてを生み出す原初的世界に降り立ったということである。『チベット死者の書』は、そういった原意識的リアリティーに支えられており、そこに人間の叡智を感ずるのである。