書評 辺見庸・坂本龍一共著『 反定義―新たな想像力へ』
- 作者: 辺見庸,坂本龍一
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 2005/04
- メディア: 文庫
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9・11の同時多発テロ以降、閉塞してゆく状況に抗してなされた貴重な対話。
辺見庸は、ジャーナリスト時代の体験を語り、バングラデシュで数十人死者が出るのと、アメリカやフランスで白人が数十人死ぬのと、記事のスペースとしては格段の差があることを指摘し、こういう非対称が、アメリカによるタリバン殲滅を目的とするアフガニスタンへの爆撃を支えており、ジャーナリズムは爆撃を受ける側のいのちの重みを低く見積もっていることを暴露する。
また、アメリカの軍需産業について、これは「戦争工場」であり、キリングレイト(殺傷率)をいかにあげるかというテーマで精密工業化が進んでいると指摘する。
深刻なのは、東西冷戦終結後、民族や宗教の紛争が噴出し、これを抑えるために新しい植民地主義、新しい帝国主義が台頭したということであり、ポストモダン以降の世界の知識人がこれについて、まったく弱腰で、なんら抵抗のための言説を発しようとはしなかったということである。つまり、知識階層の批判帯が、現在、不在だということである。
坂本龍一は、音楽を楽しむことすら奪った戦時下の状況下で、再び音楽を甦らせる方法を模索する。それは、戦争反対の反戦歌をつくることとも違っている。音楽に政治性を持たせるというのは、音楽そのものよりも、そこに載せられたメッセージの方に重きを置くことである。しかし、なにかのために従属した音楽は、音を楽しむこととは異なる。そういった従属性から音を解き放とうとする坂本は、革命的ですらある。
しかし、この本で予言されたこと。アフガニスタンでのアメリカの行為に対抗する言説を構築し得なかったことは、さらなる悲劇を巻き起こすということ。これは、イラクで実証されることになる。果たして、大量殺戮の連鎖を止める道は、あるのだろうか。