『コズミック・ゼロ〜日本絶滅計画』

 清涼院流水の『コズミック・ゼロ〜日本絶滅計画』は、かなり緻密に組み立てられた政治経済小説である。

コズミック・ゼロ

コズミック・ゼロ


 おそらくは、デビュー作『コズミック』と、背後の伏線としては『カーニバル』の再話であるが、リアリズムの文脈に置き換えられ、かなり実現性の高い「絶滅」計画を、構築(JDCシリーズを念頭に置くと、再構築)している。
 ほぼ同時期に発表された『B/W』が、乗り越えるべき先行作品として『羊たちの沈黙』を想定したとすれば、『コズミック・ゼロ』は、作者本人は一切触れていないが、おそらく村上龍の『愛と幻想のファシズム』を想定しているのではないかと、邪推する。なぜ、そう思うのか。『愛と幻想のファシズム』では、全世界の政治経済を牛耳ろうとする多国籍集団として「ザ・セブン」が登場する。対する『コズミック・ゼロ』では、日本絶滅計画を遂行する英精鋭チームとして「セブン」が登場する。さらに、『コズミック・ゼロ』の「ゼロ」は、物語中の文脈では「絶滅」を示しているが、『愛と幻想のファシズム』の主役級の人物名でもある。
B/W(ブラック オア ホワイト) 完全犯罪研究会

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愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

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愛と幻想のファシズム(下) (講談社文庫)

愛と幻想のファシズム(下) (講談社文庫)

 清涼院流水は、ビジネス成功哲学を濃縮して盛り込んだ『成功学キャラ教授』以降、その分野のエキスパート水野俊哉とユニットを組むことになるが、本書でみせた世界情勢や経済状況を考慮した現実性の高いストーリーへの傾斜は、そういった影響もあるのかも知れない。そのリアリティーは、読んでいて、本物のテロリストが本書のやり方を真似たらどうなるか危惧するほどだったのである。おそらくは、より洗脳という点で、感染性の高いロジックをイデオロギーに埋め込むだけで、本書は悪夢への引き金を引くことに繋がる危険性がある、と思われる。
成功学キャラ教授 4000万円トクする話 (講談社BOX)

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成功本50冊「勝ち抜け」案内 How to Improve Your Reading Skills for Success in Life (光文社ペーパーバックスBusiness)

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 清涼院は、ある一点において、愛と幻想の「ファシズム」を凌駕する。「ファシズム」でも、「侵略的帝国主義」に置き換えて考えてもよいが、それらは、要するに利益追求の思想である。他国の領土を盗る、他国の資源を盗る、あるいは無形の名声を盗る……。しかし、清涼院が本書で、あるいは『カーニバル』でやったことは、利益を欲望する主体自体を殲滅し、消去するという異常事態なのである。従って、計画には、さまざまな大義名分が掲げられるが、最終的に投げ捨てられる運命にある。こういった異常事態を何と呼べばいいか。「愛と幻想のファシズム」ではない。それは「i(虚無)と喧騒のニヒリズム」である。
 『コズミック・ゼロ』の本当の怖さは、ファシズムテロリズムによるものではなく、一切の思想の存立根拠を、根こそぎ引っこ抜く徹底したニヒリズムに起因している。そして、ほぼ同時期に発表された『B/W』は、このニヒリズムを見据えて、対峙するという姿勢で書かれている。清涼院の「流水大説」は、その極端なストーリー展開によって、逆説的にメタフィジックな傾向を招きよせるのである。