魂にとって救済とはなにか
人の魂を救うのは難しい。
「心の鏡」などという歌をつくったところで、人の魂を救うにはあまりにも無力だ。
たとえば、いや、私のはDVではない、傷つけられるのは趣味嗜好の問題であり、個人の勝手の問題なのだと反論されたらどうなるのか。
しかし、魂が傷ついていることは、間違いのない現実なのだ。
なんという悩ましい問題。
内面に傷を負い、時折、死の誘惑に駆られるようになる……こんな自殺志願者を救うにはどうすればいいのか。
例えば、倫理的に自殺は悪である、死んではいけない、といっても、それは自殺志願者にもわかっていることであり、一時的には兎も角、持続した歯止めにはならない。
日本社会の自殺の多さは、貧困、失業問題が大きく影を落としている。しかし、経済的救済では救えない魂に傷を負った人間もいるのだ。
デュルケムの『自殺論』のアノミ―的自殺を、単に社会学的に、原因を外在的に見るのではなく、人間関係の繋がりの崩壊が、個人の内面に及んだと解するならば、途端にリアリティ―を増す。
- 作者: デュルケーム,宮島喬
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倫理を超えて、自殺を思いとどまらせる方法はあるのか。
絶対幸福を、地上に打ち立てなければならない。人は、いかなる不幸な状況下においても、絶対幸福になりうることを証明しなければならない。
「不幸なのに、絶対幸福とは!これは欺瞞でないか。ぺてんにかけようとしているのではないか、これは何か宗教の類いではないか。」と思われるかも知れない。
この問題について考えるために、ゲーテの『ファウスト』を検討してみたい。
- 作者: ゲーテ,Goethe,相良守峯
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私は、今まで至るところで、薔薇十字の名を記してきたが、これは種村季弘の『薔薇十字の魔法』に感化されたからである。
しかし、記憶を辿ると、中学生の時に読んだゲーテの『ファウスト』が、ファースト・インパクトとしてあり、薔薇十字の精神は、そのなかに宿っていたのだとも言える。
折しもアレクサンドル・ソクーロフによる映画化で、『ファウスト』が注目されているので、『ファウスト』を軸に絶対幸福について語るのも悪くない。なぜ、絶対幸福の実現可能性について語ることにしたかというと、絶対幸福こそ、私たちをこの地上の生に繋ぎとめる最も強い力だから、である。
ゲーテ版ファウスト要旨。
(1)ファウストは、万学を極めた老博士であるが、文献を分析するような学問は彼の魂を満足させず、自殺を試みるが、教会の鐘で我に返り、自殺を思いとどまる。そこに現れた悪魔メフィストフェレスとの契約で、ファウストは若返り、様々な冒険をする。
(2)若者になったファウストは、帽子屋の娘グレートヘンに恋をするが、この恋は悲恋に終わる。逢引の邪魔をする彼女の母を殺害、さらに兄を決闘の上、殺害。
さらにグレートヘンも、ファウストとの間の子どもを殺害。嬰児殺しで、逮捕される。
(3)悲恋の次は、美の探究である。
ギリシアの女神ヘレネーに接近し、人造人間ホムンクルスをつくるが、ホムンクルスは太陽に接近しようとして壊れ、ギリシア的予定調和の世界は崩壊する。
(4)美の実現に挫折したファウストは、続いて大世間の改造(政治)に着手するが、必ずしも思うように現実はならず、やがて憂いが彼に取り憑き、それにより失明する。
(5)悲恋、美の探究、政治……ファウストは、三段階の挫折を経験する。
しかし、そのなかにあっても、民衆がとどまることを知らず未来に向けて前進することを確信し、やるべきことはすべてやり尽くしたと、禁断の台詞を言う。
「とどまれ、君はいかにも美しい」と。
悪魔との契約でファウストが満足したら、この台詞を言うことになっており、その直後から、ファウストの魂は悪魔の自由にしてよいことになっていた。
(6)と、ファウストの魂は悪魔の自由になるはずだったが、最期の最期で、逆転が起きる。
神は向上心を失わず、常に上昇しようとするファウスト的衝動を評価し、救いの手を差し伸べる。
こうして、ファウストは、永遠にして女性的なるものによって救済され、天上に引き上げられる。
(7)ここで、おさらい。
ファウストの三つの挑戦は、いずれも挫折している。
しかし、ファウストは最期に、満足したという意味のことを言う。
つまり、不幸な条件下においても、幸福感を得ている。
ここに、絶対幸福を解く鍵がある。
ファウストのラストシーンで達成される幸福感とは何なのか。
この幸福感を解く鍵は、「意識の拡充」と「至高体験」である。
ファウストは、老学舎として衒学的に文献をいじくっていた時には、意識が縮こまっていた。
それが恋と美の探究と、世界を変える意志によって、意識までもが変革されていた。
意識は拡大すると、宇宙や自然と一体化する大洋感覚を覚えるようになる。
その瞬間、マズローの言う至高体験、生命力のほとばしりを得る。
マズローの欲求五段階説では、
a 生理的欲求、
b 安全の欲求、
c 所属と愛の欲求、
d 承認の欲求、
e 自己実現の欲求 というふうに、実現により、次々と欲求が高次化し、最後は自己実現による至高体験に到達する。
至高体験においては、生命エネルギーの奔流が起き、絶対幸福に到達する。
「意識の拡充論」と存在論の関連。
ハイデッガーの「世界-内-存在 In-der-Welt-sein」は、フランスに輸入されて、メルロ=ポンティが「être au monde」 と訳し、サルトルが「être-dans-le-monde」と訳している。
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これに対し、サルトルの「être-dans-le-monde」は、世界に投げ込まれて、そこにあるというニュアンスである。ポツンと、そこにある……。
- 作者: ジャン=ポールサルトル,Jean‐Paul Sartre,松浪信三郎
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そこにポツンと、自分と関係なしに事物がある状態から、意識を拡大させてゆき、まずは他者の認識から始まり、社会へ、さらには宇宙へと意識を拡げてゆく。こうすることにより、自分の世界をモノトーンからフルカラーに変えることはできないだろうか。さらには波動の同調によって……。