書評 ゲーテ著『ファウスト〈第一部〉』

ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫)

ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫)

初出、[mixi(ミクシィ)]レビューより
世界文学の最高峰というとき、真っ先に浮かぶのがゲーテの『ファウスト』と、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』である。
ゲーテの描くファウストは、この世の中のありとあらゆる学問(神学・哲学・政治学……)を極めたというのに、なにひとつ生きている実感と結びつかない老人としてまず現れる。彼は、絶望のあまり毒杯を仰ごうとするが、教会の鐘に我に返り、自殺を思いとどまる。そして、召還術によってメフィストフェレスを呼び出し、満足できる生に到達できたとき、自分の魂を譲り渡してもいいという契約を結ぶのである。
この自殺を考える動機、学問がもたらす知識と生きられた知恵の乖離、そして自殺を思いとどまる動機、我に返るということ、これらはプレ実存主義的といえる。
ファウストは、まず悪魔メフィストフェレスが調達した若返りの秘薬によって、青年となり、可憐なグレートヘンと恋に落ちる。第一部は、この恋の行方を描いていている。この恋の行方は、読んだ人のお楽しみということにしておこう。
実は、第一部は小宇宙、第二部は大宇宙という関係が成り立っているのである。この照応関係に、オカルト的意味合いがあるのは間違いない。オカルト的思考においては、ミクロコスモスとマクロコスモスは対応しているのである。
ファウスト』の四大精霊に呼びかける言葉が、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』に使われていることはあまりにも有名であるし、講談社発行のミステリ誌が『メフィスト』と『ファウスト』なのも、ここから来ているのではなかろうか。
ファウスト』は、手塚治虫によって漫画化されている。『ファウスト』は、ゲーテの原作どおり、『ネオ・ファウスト』は、現代におけるファウストの問題を扱っているシリアスな問題作で、手塚のオリジナルである。こちらは手塚の死によって、未完に終わっているが、それに込められた問題意識は必読の価値があると思う。