『脳子の恋』

 人が芸術家に変貌するのは、模倣を通してであると、かつて倉橋由美子のエッセイで教えられたが、そのジャンルの継承者は、そのジャンルの作品の過剰摂取を通して、そのジャンル固有の財産(享受する側をうならせるツボ、固有の表現方法など)を継承してゆく。
 無論、過剰摂取したものすべてが、芸術家になれるわけではない。しかしながら、好きこそ、ものの上手なりというものは、間違いなく真実なのだ。

「脳子の恋」は、ホラーまんがである。過剰ともとれるグロテスクな表現、切羽詰った人間関係、不条理にして過酷な運命……すべてが楳図かずお直系のスタイルであることを示している。
 なぜ、ホラーまんが家は、ホラーまんがというジャンルを選ぶのか。それは、ホラーという人間のリミットの状態においてこそ、より鮮烈に人間の愛や、人生の不条理が顕かになると考えているからではないか。
 しかしながら、このまんがは単なる模倣ではなく、ジャンルへの寄与も行っている。それは、人間にとって、想像力が大きな武器であり、自身に勇気を与えるものだというメッセージである。
 そのことは、主人公の「典子」が、「脳子」であることから判る。そして、このメッセージは、ホラーという限界において明らかになる世界の真実なのである。

使用テクスト
作画:中川翔子/原作:井口昇『脳子の恋』連載第1回(『hon-nin』vol.4、2007.9.25第1刷発行、太田出版に収録)